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愛馬たち <script type="text/javascript" src="http://umadb.com/xcharts/chartsjs.html?f=k2e1388f2%2exml&t=g"></script>


1997年より、ラフィアン・ターフマンクラブ、サラブレッドクラブ・セゾンほかで出資している競走馬です。
ラフィアンへは代替わり後のもろもろの不満から2012年以降、出資を中止していたのですが、
2013年産駒はかつての出資馬マイネルーチェの娘と初出資馬マイネルラヴの
ラストクロップが募集されたため、馬体ほかが気に入ったもう1頭を加え、
都合3頭(うち1頭は50口のため実質4頭分)も出資するに至りました。
唯一残っていたマイネサヴァランが引退したことも、出資を決めた一因です。
かたや経営態勢が変わり馴染みがなくなったセゾンは出資なしで、自然退会を目指します。
さらに成績があまりよくないウインでは2頭、そしてノルマンディーでも2頭の出資に。
いずれにしても、去年春までいたOP馬2頭が引退し、今年は準OPのサヴァランも引退して、
いまや未勝利馬と500万条件馬のみになってしまい、毎週の競馬が寂しいかぎり。
3歳の不振で、この落ち込みはなかなかリカバーできそうにありません。
今年は2歳馬が早い時期から活躍してくれるよう願うのみです!
(馬のプロフィールの更新は2009年時点で停止中。かわりにリンクあり)


 


各馬のプロフィール

(馬名をクリックするとその馬の履歴や写真が見られます)
−育成中の2歳馬と今年出資した1歳馬は工事中−

ラフィアン 現役馬/育成馬

マイネルラック
牡3歳 父オレハマッテルゼ 母トーワフォーチュン 栗東・梅田智之厩舎  2015年9月29日阪神2歳新馬戦でデビュー。11月14日、4戦目の京都芝1400m戦で初勝利。  1勝(2歳未勝利)   [戦績]
リュイールスター
3歳 父キングカメハメハ 母マイネルーチェ 美浦・上原博之厩舎 2015年9月5日(土)新潟の2歳新馬戦でデビュー 2016年8月20日、新潟3歳未勝利戦で初勝利!  1勝(3歳未勝利)   [戦績]
パルクリール
歳 父ダノンシャンティ 母コスモクラッベ 美浦・伊藤伸一厩舎 2016年8月7日(日)新潟の2歳新馬戦でデビュー 未勝利    [戦績]  

セゾン現役馬/育成馬

ドリームリヴァール
セン6歳 父タニノギムレット 母リヴァリーガーデン 栗東・佐々木晶三厩舎→美浦・池上昌弘厩舎 2013年1月入厩。4月13日、阪神3歳未勝利戦でデビュー 1勝(未勝利)  [戦績]
ドリームドルチェ
牡4歳 父マイネルラヴ 母オリジナルデザート 美浦・根本康広厩舎  2014年10月入厩。11月東京で2歳新馬戦デビュー  3勝(3歳未勝利、500万下、1000万下)   [戦績]
メイクグローリー
歳 父フレンチデピュティ  母メイクマイバンドル 栗東・西村真幸厩舎 2016年7月2日(土)函館の2歳新馬戦でデビュー 9月10日(土)阪神2歳未勝利戦で初勝利!  1勝(2歳未勝利)   [戦績]  

ウイン現役馬/育成馬

ウインティアラ
4歳 父ハービンジャー 母コスモプラチナ 美浦・手塚貴久厩舎→畠山吉宏厩舎  2014年11月、東京2歳新馬戦でデビュー  1勝(札幌3歳未勝利・牝)   [戦績]
ウインランブル
牡3歳 父キンシャサノキセキ 母オートキュイジーヌ 栗東・中村均厩舎 2015年6月、阪神2歳新馬戦でデビュー  1勝(未勝利)  [戦績]
ウインガーネット
3歳 父ヴィクトワールピサ 母コスモクリスタル 美浦・鹿戸雄一厩舎 2015年10月11日、東京2歳新馬戦でデビュー   未勝利    [戦績]

ノルマンディー現役馬/育成馬

アペルトゥーラ
牡5歳 父マツリダゴッホ 母フサイチリニモ 美浦・国枝栄厩舎 2013年11月東京でデビュー 未勝利で終わるも園田で3勝し、中央に復帰。2015年6月、東京3歳500万下で中央初勝利。 中央2勝(500万下、500万下)   [戦績]
マルーンドロップ
 父コンデュイット 母ザラストドロップ 美浦・栗田徹厩舎→鈴木伸尋厩舎  2013年9月中山でデビュー  2勝(未勝利、500万下)  [戦績]
マグレブ
牡3歳 父マツリダゴッホ 母フサイチリニモ 栗東・安田 隆行厩舎 2015年11月15日、京都2歳新馬戦でデビュー 未勝利   [戦績]
オルレアンローズ
3歳 ベーカバド 母テンザンローズ 美浦・高木登厩舎   2015年12月20日 中山で新馬デビュー勝ち 2勝(新馬、3歳500万下)  [戦績]

引退馬

グランノーヴァ
 2012年生 父マツリダゴッホ 母スプリングボード 美浦・国枝栄厩舎→栗東・武田博厩舎 2015年8月新潟の3歳未勝利戦でデビュー 未勝利戦終了のため地方(名古屋)移籍で中央復帰を目指し2勝。2016年2月、阪神の500万下戦で中央復帰するも、同6月、ゲート練習中の放馬で負傷。能力喪失との判断が下され引退。    [戦績]
ウイントゥモロー
 2011年生 父ステイゴールド 母キョウモヨロシク 栗東・西園正都厩舎  2013年10月京都でデビュー 1勝(未勝利) 2016年4月、福島での障害未勝利戦を最後に引退     [戦績]
マイネルカリスト
 2013年生 父マイネルラヴ 母アリエルビコー 栗東・中村均厩舎 2015年8月2日小倉の2歳新馬戦でデビュー  2016年3月、阪神での3歳未勝利戦を最後に引退    [戦績]
ウインカルミナ
 2012年生 父ステイゴールド 母コウエイソフィア 栗東・大久保龍志厩舎 2014年10月新馬デビュー   2015年8月小倉での未勝利戦を最後に引退  [戦績]
ハッピーキャップ
 2012年生 父マンハッタンカフェ 母ミッドキャップ 栗東・鈴木孝志厩舎→美浦・中舘英二厩舎  2014年8月、小倉の2歳新馬戦でデビュー 2,015年7月函館の3歳未勝利戦を最後に引退。門別競馬場へ移籍   [戦績]
グランビスキュイ
 2012年生 父エンパイアメーカー 母リトルビスケット 栗東・松永昌博厩舎  2015年5月3歳未勝利戦でデビュー 同7月中京の3歳未勝利戦を最後に引退   [戦績]
サマーハピネス
 2009年生 父アグネスタキオン 母ビッグハッピー 栗東・松元茂樹厩舎  2011年12月松元厩舎に入厩。12年1月14日新馬デビュー 2勝(未勝利、園田交流) 2015年2月の山陽特別を最後に引退。  [戦績]
ウインジラソーレ
牡 2012年生 父マツリダゴッホ 母プラチナウィンク 栗東・梅田智之厩舎 2015年2月、園田での交流戦を最後に未勝利引退。 [戦績]
マイネサヴァラン
牝 2009年生 父マンハッタンカフェ 母マイネデセール 美浦・清水英克厩舎 2011年7月1日入厩 22戦4勝(未勝利、500万下、500万下、福島中央テレビ杯) 2015年1月、中山サンライズS(準OP)12着を最後に引退、繁殖入り。最後までよく頑張ってくれました。今度はよい仔を産んでほしい。   [戦績]
サマーヴィーナス
 2011年生 父ハーツクライ 母レディフェアリー 栗東・加用正厩舎  2014年4月にデビューも、わずか3戦で7月に未勝利引退。  [戦績]
ドリームボンバー
 2008年生 父ダンスインザダーク 母ハッピーリズム 栗東・飯田雄三厩舎 2010年5月20日入厩。 2014年5月引退。1勝(未勝利)  [戦績]
ウインダムール
 2011年生 父マイネルラヴ 母アドマイヤジェンヌ 美浦・松山将樹厩舎 2014年1月デビュー、4月中山での3歳未勝利戦を最後に引退。 使い方に問題ありだったかも?    [戦績]
ドリームバスケット
 2007年生 父ステイゴールド 母ピクニックムード 美浦・阿部新生厩舎→美浦・池上昌弘厩舎 2009年7月7日入厩。2014年3月阪神・六甲S17着を最後に引退 笠松へ移籍。6勝(未勝利  500万下 500万下 1000万下 韓国馬事会杯 ポートアイランドS) 地方移籍後も中央のレースに遠征するなど活躍中 [戦績]
サマーキララ
2010年生 父ステイゴールド 母スラボンスカ 栗東・中村均厩舎  2012年10月に入厩するも、ゲート試験に合格後、疲れが出て放牧。 2013年4月13日、阪神3歳未勝利戦でデビュー。  2013年9月未勝利で引退  [戦績]
ウインコサージュ
 2010年生 父ダイワメジャー 母シークレットコサージュ 美浦・手塚貴久厩舎  未勝利 引退 [戦績]
ドリームガイド
 2009年生 父マイネルラヴ 母マーガレットママ 栗東・木原一良厩舎 2010年8月6日入厩。  1勝(未勝利) 2013年3月、高知での交流戦・はりまや盃11着を最後に引退。 2度の骨折で休養が長引き、復帰後は以前のような走りが見られなかったのが残念です。 13戦1勝(未勝利)  [戦績]
ドリームカトラス 
 2007年生 父デュランダル 母ゴールドリーフ 栗東・佐々木晶三厩舎 2009年6月22日入厩。5勝(未勝利   500万下 一乗寺特別 豊栄特別 節分S[準OP]) 2013年2月17日の京都・洛陽S(OP)17着を最後に引退。現在は地方競馬(笠松)に移籍。2013年5月31日に笠松の東海クラウン(OP)優勝!  26戦5勝    [戦績]
ウインホーリー
 2010年生 父アドマイヤマックス 母コスモハナコ 栗東・吉田直弘厩舎→畠山重厩舎 未勝利(3戦0勝) 2013年2月5日の船橋交流戦10着を最後に引退。   [戦績] 
マイネルギブソン
 2008年生  父タニノギムレット 母マイネメリアン 美浦・萱野浩二厩舎 2010年7月函館入厩 3勝(新馬、コスモス賞、松島特別) 2012年10月、京都・大原S(準OP)7着を最後に引退。18戦3勝。  [戦績]
ドリームファイナル
牡 2009年生 父ジャングルポケット 母ファイナルキス 美浦・上原博之厩舎 2011年9月上原厩舎へ入厩後、セグチレーシングステーブルへ移動。12年1月再入厩するも、ゲート試験合格後に再びセグチへ。 2012年福島でデビュー、東京、笠松と3戦するも成績ふるわず7月に引退。地方競馬(福山)へ移籍。  [戦績]
マイネルフォーグ
 2004年生 父スターオブコジーン 母ビーマイファイア 栗東・宮徹厩舎 2006年8月18日入厩 2勝(未勝利、谷川岳S[OP]) 京王杯2歳S(GII)2着 ニュージーランドT(GII)2着 ダービー(GI)12着 ファイナルS2着 阪神C(GII)3着 2012年5月の安土城S10着を最後に引退。  [戦績]
サマーチェリー
 2008年生 父アドマイヤジャパン 母トウケイヒメ 美浦・高橋祥泰厩舎 2010年6月24日入厩。 1勝(未勝利) 2012年2月屈腱炎のため引退。乗馬になるとのこと。  [戦績]
サマーベニング
 2007年生 父アグネスデジタル 母マイネベネラシオン 栗東・宮厩舎 2010年3月入厩。1勝(未勝利) 2011年3月の笠松交流戦を最後に引退。   [戦績]
マイネルハヤト
 2004年生 父マイネルラヴ 母ミサキハヤト 美浦・小西一男厩舎 2006年6月30日入厩→(2010年4月)畠山重則厩舎に転厩し、障害馬に転身。 3勝(未勝利、500万下、500万下)  2011年2月引退。  [戦績]
マイネルアリオン
2006年生 父アグネスデジタル 母リンクシェーマ 美浦・稲葉隆一厩舎 2008年8月に入厩。1勝(未勝利)  2010年月引退。地方競馬へ移籍。  [戦績]
マイネアルデュール
 2005年生 父アドマイヤコジーン 母コスモハーティネス 美浦・相沢郁厩舎 2007年5月16日入厩。3勝(未勝利、500万下、500万下) 2010年11月引退。BRFで繁殖入り。       [戦績]
マイネポローニア
 2007年生。父マイネルセレクト 母キリビジン 美浦・稲葉隆一厩舎 2009年9月17日入厩。2010年9月未勝利引退。地方競馬(盛岡)へ移籍して初勝利。   [戦績]
マイネルイーガー
 2007年生。父マイネルセレクト 母フリークロバリー 栗東・中村均厩舎 2009年1月入厩 →2010年7月 美浦・堀井雅広厩舎に転厩 2010年8月未勝利引退。地方競馬(金沢)へ移籍して1勝をあげたのち、浦和へ移籍。    [戦績]
マイネルガンバ 
 2007年生。父ロージズインメイ 母マイネガイア 栗東・宮本博厩舎 2009年8月26日入厩 →2010年6月 美浦・畠山重則厩舎に転厩 2010年8月未勝利引退。地方競馬(大井)へ移籍し、初勝利。  [戦績]
サマーパステル 
 2007年生。父ゼンノロブロイ 母ラブリーカラー 美浦・高木登厩舎 2009年10月11日入厩。
2010年4月、4戦するも重症のそえを発症して未勝利で引退。地方競馬へ移籍の予定。
     [戦績]

マイネルーチェ
 2004年生。父スペシャルウィーク 母マイネブリリアン 美浦・上原博之厩舎 2006年7月19日入厩 2勝(新馬、箱根特別) 新潟2歳S(GIII)2着  オークス(GI)6着 秋華賞(GI)9着 2010年3月13日のサンシャインSを最後に引退し、BRFで繁殖入り。[戦績] 

サマーピクシー 
2006年4月23日生 父マイネルラヴ 母レディーシャルダン 美浦・畠山吉宏厩舎 
入厩を控えた2008年春、急にともに力が入らなくなり、2008年12月23日入厩し年明けにデビューするも、再度すぐ休養。7月に復帰、9月のスーパー未勝利にかけたものの、終い33秒台の脚を使いながら10着に終わり、2009年未勝利引退。3戦0勝。[0-0-0-3]  地方へ移籍。水沢で4連勝のあと名古屋・笠松で2勝(2010/3月現在)
  [戦績]
マイネルグリッツァ 
 2003年2月10日生 父マイネルラヴ 母マイネブリリアン 美浦・秋山雅一厩舎→郷原洋行厩舎
3戦目で初勝利。翌年には待望の2勝目をあげるなど、ずいぶん長く楽しませてくれました。降級後に1勝の期待をかけつつ転厩、障害に転向。障害戦で2着2回3着2回と健闘するも、年明けに社長の独断によりダート戦で復帰し9着。その結果得意の中山での障害戦に出走できず、きゅうきょ出走した阪神遠征で深屈腱不全断裂。競争能力喪失により活躍の場を失う結果となったのが残念でなりません。2009年4月16日引退。24戦2勝[2-2-2-19]
  [戦績]
マイネルサイクロン
 
2006年生 父マイネルラヴ 母トロピカルレディー 美浦・田村康仁一厩舎(予定)
2008年3月、蹄骨を骨折。8カ月療養するも、同11月に再度蹄骨骨折が判明して引退が決定。最初から治癒の目処もたたないほど重傷だったにもかかわらず、ここまで引っ張りを続け、一日も早くデビューさせたいためか、完治しないまま乗り込みを開始して結局また同じ箇所を骨折させたラフィアンには、怒りを覚える。馬がかわいそう(泣)
マイネルアルビオン 
 2002年生 父マイネルラヴ 母ゴールデンボタン 美浦・畠山吉宏厩舎
疝痛を起こして開腹手術をするも、BRFで休養のあと10月6日(水)に入厩 5勝(新馬、かささぎ賞、1000万下、サンライズS、淀屋橋S) シルクロードS(GIII)2着、ガーネットS(GIII)4着 総合成績34戦5勝[5-4-3-22] 2008年11月、腱鞘液がたまり休養が必要なことと近走の成績、年齢を考慮して引退が決定。今後はヨシザワライディングファームで乗馬に。
[戦績]
マイネルパラスト 
 2005年生 父マイネルラヴ 母ダイナルーブル 2007年12月21日、美浦・鈴木康弘厩舎に入厩  2008年6月29日(日)の福島での未勝利線を最後に5戦0勝で引退。今後は地方に移籍の予定。  [戦績]
マイネルマカリイ
 
2005年生 父アドマイヤコジーン 母パイナップルスター 2008年1月24日、栗東・宮徹厩舎に入厩 2008年3月9日の未勝利戦を最後に2戦0勝であっけなく引退。競走馬には向かない馬でした。性格のよさをいかせますように。(佐賀競馬に移籍したようです。初戦は5着)  [戦績]
マイネルロブソン 
 2004年生 父チーフベアハート 母ファビュラスクライム 美浦・奥平雅士厩舎 2006年7月21日入厩 2006年12月16日の中山2歳未勝利戦16着を最後に4戦0勝で引退。 [戦績]
マイネデセール
 2002年生 父マイネルラヴ 母メインディッシュ 元美浦・斎藤宏厩舎 2勝(未勝利、カンナS) 2006年11月18日のレースを最後に引退。繁殖入り。
マイネルファッシノ
牡 2003年生 父スターオブコジーン 母プリティエリ 元美浦・高橋義博厩舎 2005年5月11日入厩 2006年9月30日(土)札幌5R3歳未勝利戦11着を最後に引退。18戦0勝ながら2着3回3着2回と健闘してくれました。2005年秋の未勝利戦での鼻差2着が惜しまれます。1勝の重みをひしと感じた馬でした。今後は地方に移籍予定。
マイネルデリュージ
 2003年生 父マヤノトップガン 母ファストクリーク 元美浦・奥平雅士厩舎 2005年5月26日入厩 7月3日福島新馬戦でデビュー。2戦目7月16日新潟2歳未勝利戦出走後に右前脚球節に重度の骨折発症が判明し、予後不良となりました。期待馬だっただけに残念でなりません。
マイネルユピテル
 2002年生 父メジロブライト 母セッテジュノー 元美浦・稲葉隆一厩舎 2005年3月19日 (土) 中京2R3歳未勝利(混)ダート1700mでのしんがり負けを最後に未勝利で引退。
マイネルフェイカー
 2001年生 父スペシャルウィーク 母ダズリンデセプション 元美浦・堀井雅広厩舎 2004年9月18日(土)中山2Rダート1200mでの8着を最後に未勝利で引退。2歳夏の骨折休養が最後まで響きました。残念ですが、地方に移籍してでも何とか勝利を挙げてほしい。
マイネラベンダー
牝 2000年生 父スターオブコジーン 母パステルミント 元美浦・萱野浩二厩舎 2勝 新潟2歳S(GI)、阪神阪神ジュベナイル・フィリーズ(GI)、阪神フィリーズレビュー(GII)など重賞にも何度も出走し楽しませてくれましたが、2004年9月5日のレースを最後に引退。オークションにて97万円で競り落とされ、地方に移籍して走ることに。
マイネルフュルスト
 2001年生 父トウカイテイオー 母アーリーステイジ 元美浦・斎藤宏厩舎 1勝
2004年8月1日、新潟で競走中に故障(右手根骨粉砕骨折)を発症し、予後不良となりました
マイネルブリンク
 2001年生 父ライブリーワン 母マイネブリリアン 元美浦・笹倉武久(2003年11月に堀井雅広厩舎から転厩) 2004年3月、2桁着順が続き勝利が見込めないため引退
マイネルストライク
 1999年生 父Smart Strike 母Braid Wood 元美浦・根本康広厩舎 1勝 2002年10月、高橋裕厩舎から転厩、2003年12月に障害デビューするも2004年2月成績不振で引退
マイネルキャピタル
 2000年生 父コマンダーインチーフ 母ジェイドマジック 元美浦・柴崎勇厩舎 2003年5月のレースを最後に未勝利で引退 地方競馬に移籍
マイネルフィネス
 2000年生 父ペンタイア 母キャリイアウト 元栗東・五十嵐忠男厩舎 2003年4月のレースを最後に未勝利で引退 地方競馬に移籍
マイネルナトゥール
牡 1997年生 父Thunder Gulch 母Countless Times 元美浦・稲葉隆一厩舎 2勝 2003年2月、レース中に左前脚の靭帯を断裂し、競走能力喪失との診断がくだされ引退
マイネルアンコール
 1997年生 父オペラハウス 母ダイカツオパール 元美浦・保田一隆厩舎 1勝 2002年11月大腸炎に蹄葉炎を併発し、回復の見込みがないため安楽死の措置が取られました。
マイネシルビア
 1999年生 父ティンバーカントリー 母ダイナボウモント 元美浦・中島敏文厩舎 2002年10月に未勝利で引退 韓国に行くことに決まったようです。まだ競馬が続けられそうでよかった。
マイネルアンフィニ
 1998年生 父サクラチヨノオー 母フィールドブルー 元美浦・成島英春厩舎 2001年10月に未勝利で引退
マイネルドゥマーニ 
 1998年生 父カーネギー 母トゥモローランド 元美浦・清水利章厩舎 2001年10月に未勝利で引退 栃木・宇都宮競馬に移籍 
マイネミーティア
 1996年生 父トニービン 母ダイナマッケンジー 99年12月に未勝利で引退
マイネルラヴ  (GI・1勝、GIII・2勝) 23戦5勝 [5-4-1-13] [戦績]
 1995年生 父Seeking the Gold 母Heart of Joy 2000年12月に23戦5勝で引退、種牡馬入り BRFで繋養されていましたが、2012年6月、繋養先のBRFで急逝。種牡馬としてはまだまだ若い17歳でした。合掌。 



ラフィアンターフマンクラブとは  (←ここをしてね。99年夏の旅行の写真もあります)

1997年から入会している競走馬出資クラブの紹介です。
北海道に牧場を持ち、生産者でもある岡田繁幸社長は、その相馬眼とユニークな人柄で業界にもとみに知られ、会員は必然的に「岡田教」の信者となります(笑)



わたしがラフィアンに入ったわけ−−ラヴとの出会いに感謝して


ギャンブル嫌いなのに、競走馬の共同出資クラブ、ラフィアンに入ってはや4年。どうして競馬などというオヤジ趣味に?と疑問をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。きっかけはちょうど4年ほど前、当時農水省競馬監督課にいた高校の同級生に、初めて競馬場に招待してもらったことでした。

大学卒業直後に一度だけ府中競馬場に行ったことはありましたが、以来、馬券を買ったこともなければテレビ中継を見たこともなく、いやそれどころか、土日は競馬中継などというつまらない番組があるためロクに見るものがない、とさえ思っていました。

でも、馬には大いに興味がありました。何と言ってもあのすばらしい、俊敏な馬体。元来動物は苦手なのですが、馬は別。いつもなぜか馬はあこがれの対象だったわけです。

生まれて2度目に行った競馬場。広々としてすがすがしく、昔の馬券おやじぞろぞろのイメージと違って、若いカップルもたくさんいるし、建物のなかは空港のようにクリーンでした。ささやかに馬券を楽しみ、馬はいいねいいね〜とごきげんで帰る途中、「買ってみてもいいと思うくらい?」と、同級生が尋ねました。

「ええっ、だってすごく高いんでしょう。それに資産2億円とか、年収2000万以上とか、いろいろ条件があるって……」ととまどうわたし。
「いや、クラブ形式なら買えるんだ」と、同級生。
「へえ〜。それで、いい馬がいるの?」
「知り合いのクラブが、ちょうど募集してる」

そのクラブが「ラフィアン」でした。

何にでも手を出したがるわたしは、即、決めました。2〜3日もしないうちにカタログが送られてきて、60頭あまりいる募集馬のうち、7000万と飛び抜けて価格は高いけれど、黒っぽい、ちょっと無骨そうな馬体−−それがラヴだったのです。値段とは関係なく、ほかのどの馬を見ても、結局この馬に目が戻ってきてしまいます。競馬のことも馬のこともほとんど知らずに見ていたのですから、いわゆる「ビギナーズ・ラック」ってやつかな。

ラヴ(競争馬は、馬名登録されるまで母親の名前に生年をつけて呼ばれるので、当時はハートオブジョイの95)はケンタッキー生まれで、アメリカの競りでクラブの社長が買ってきた、俗に○外(まるがい)と呼ばれる外国産馬。ダービーに出る資格は、当時はまだありませんでした。

が、そんなことも知らず、馬の相場も競馬そのものも、ましてやG1が何かも知らずに、ただ「7000万でもG1を一つ勝てばもとは取れる。それに馬主(「うまぬし」と読みます)への還元率は120%だよ」という友人の言葉に、深く納得。ふむふむ、20%も儲かったら貯金よりいいじゃん♪のノリで、ラフィアンに入会し、その馬に出資することに決めたのです。

200口の募集だったので、実際の出資額は35万円。馬が獲得した賞金や奨励金、出走手当の合計から、手数料、税金、厩舎や騎手への上納金などを引いた額が、会員に分配されます。一口馬主が出すのは、毎月の飼い葉代、輸送費、病気ケガの治療代(月平均70万円ほどを募集会員の数で割ります)。ラフィアンでは40口、100口の馬が標準でしたが、ラヴは高い馬なので200口、したがってその経費もたいしたことはない、と思いました。

あとで知ったところによると、ラフィアンのベテラン会員には安い馬から売れて行きます。高馬は走らず、安馬のマイナー血統が走るというのがラフィアンの常識らしく、また高い外国産馬は失敗つづきで人気がなかったそうで、200口募集のラヴに実際に出資した会員は100名いなかったとか。

そんなわけで得意の衝動買い?をしたラヴくんでしたが、3歳夏のデビュー戦をあっさり勝ち、たちまち将来の大物と、GALLOPやFanfareをはじめ新聞雑誌に取りあげられました。愛馬の写真が載ったりすると、本当にうれしいものでした。

以後、多少の頓挫はあったものの、3歳王者決定戦の朝日杯3歳ステークスでは「怪物」グラスワンダーの2着、翌年にも重賞を勝ち、12月の短距離王者決定戦、スプリンターズ・ステークスでは、フランスのG1を制して8戦7勝、絶対に負けなしと思われレース後に引退式を執り行う予定だった世界の王者タイキシャトルを打ち負かし、友人が予言したとおり、まさかの夢の「G1馬」に!!

競馬場にあまり足を運ばないずぼら保護者のわたしは、そのときもテレビ観戦でしたが、ソファから飛び上がって何度も、やった〜!万歳!を叫びました。

そのあと、実力を十分発揮しきれないまま2年がすぎ、ラヴはこの12月、とうとう引退のときを迎えました。
一番残念だったのは、絶好調だった99年春、G1高松宮記念を前に、馬房で暴れて球節を負傷、2つめのG1タイトルを目前に牧場での治療を余儀なくされたことです。半年以上たって競馬場に戻ってきたラヴは、馬体は相変わらずでしたが、走る気力にいまひとつ欠けていました。それでも2度目のスプリンターズSで4着、大幅に時期が繰り上がった2000年のスプリンターズSでも5着と、まあまあの成績でしたが、このたび3年半の競走馬生活を終え、種牡馬としての新しい馬生に踏み出すことになったのです。

初めて持ったクラブ馬でG1タイトルを手にし、その馬が種牡馬になるという、一口馬主究極の夢の2つ(あと残っているのは、ダービー出走かな)をかなえさせてくれたラヴ。毎年20000頭ものサラブレッドがデビューし、その半分は未出走のまま、出走できても1勝できる馬はまたその半分というなかで、こんな栄えある体験をさせてくれる馬とは、もう二度と出会えないかもしれません。次々に増えていったいまの子供たちのなかに、その候補はまだいません。が、また、ひょっとして……?

これからもまだラフィアンとのご縁は続くでしょうが、ラヴが種牡馬になれば一口馬主としてのつながりは切れます。分かっていたこととはいえ、やはり寂しい。でも、いまは競走馬生活をみごとに完結させたラヴに感謝し、第2の馬生への旅立ちを祝ってやりたいと思います。

(2000年12月26日記)


−−一口馬主は楽しいよ♪ みなさんもいかがですか?−−